2024年10月6日(日)に台湾研究講座主催の国際シンポジウム「日台のはざまの引揚者たち」を大阪大学中之島センター7階セミナー室7C+7Dにて開催しました。本シンポジウムは、本講座の大阪大学林初梅教授が主催する台湾引揚研究会で2022年9月から2年にわたり実施してきた個別の研究会で得られた学術的成果を報告し、広く日台の研究者や台湾引揚関係者とともに議論することを主旨として開催したものです。当日は報告担当者、主催側関係者のほか、日本、台湾の研究者や実際に引揚の経験をお持ちの湾生の方をふくめ、約70名が参加しました。
林初梅教授による開会の挨拶
第1セッションは、「台湾と沖縄からみた引揚者」をテーマに林初梅氏、野入直美氏、松田良孝氏が台湾からの引き揚げに関して、沖縄の存在に注目した(林氏の総論では台湾からの引揚者の中で沖縄への引揚者の存在も含めた)報告を行いました。林氏は「日本引揚の前夜―1945年~1947年台湾引揚者の処遇」と題して、日台双方の資料を用いて引揚前から3期に渡る引揚げの展開や⽇僑と琉僑という区分について取り上げ、また個別の事例についても言及しました。野入氏は「女性引揚者を可視化する―沖縄の台湾引揚者を中心に」という題で女性の台湾から沖縄への引揚者について、見えにくい階層性やモノグラフにおける偏りの問題を指摘し、試論として満洲との比較から階層的分析を行いました。松田氏は「八重山と蘇澳/南方澳―石垣市『市民の戦時戦後体験記録』という題で表題資料や他の資料から、戦前戦後を通じて八重山から台湾北部にかけて経済的な準一体性が維持された「境域」が存在したことを提起し、引揚に関しては沖縄本島の様相と異なり引揚の出発港としての役割が蘇澳に強く期待されていた面があったことを述べました。
第1セッションにて
第2セッションは「変動期のなかの引揚者」として所澤潤氏、黄英哲氏、顔杏如氏による報告で、各氏の扱う資料に特徴がみられました。所澤氏は「引揚者を見送った人たち」という題で引揚は見送った台湾人にとっても大きな出来事であったという視点から、氏がこれまで収集したオーラルヒストリーをもとに報告を行いました。日本語世代の台湾における日本意識を示す語りや戦後の台湾人による日本人への制裁についての語りなど多様な語りから、複雑さがありながら台湾人にとって日本人の引揚げが様々な角度から重要性をもっていたことを述べました。黄英哲氏は「台湾における日本人引揚者雑誌『新声』について」という題で、引揚者向け雑誌『新声』の創刊背景を述べたうえで、魯迅の抄訳版「藤野先生」が掲載された背景、削除された部分、雑誌編集者・読者の立場の相違の観点から考察を行いました。顔氏は「『全国引揚者新聞』に見る台湾引揚者の戦後初期」と題し、表題資料について国民の差別感情を取り抜くことや、戦後の生活の立て直し、戦前の「開拓精神」を強調する言説とともに台湾への「ノスタルジア」の存在を見出し、戦前と戦後の連続性と断絶性について総合的に考察しました。
第2セッションにて
第3セッション「湾生がかたる引揚体験」は、3名の湾生による台湾での生活や引揚についての語りに重点が置かれ、セッション司会の所澤潤氏のファシリテートのもと、登壇の三氏が植民地台湾での体験、引揚げ当時の詳細についてなどを語りました。フロアの参加者にも湾生の方がおられ、その方たちの体験もお聞きすることができ、貴重な語りから台湾での体験や引揚げについて様々な側面を理解することができました。
第4セッション「引揚者の戦後日本」は黄紹恒氏、菅野敦志氏、石井清輝氏が担当し、引揚者の植民地経験・引揚及びその後について、各氏の視点から分析を行いました。黄紹恒氏は「台北帝大教授・楠井隆三の引揚と戦後」という題で、表題の台北帝大教授の楠井について戦後の台北帝大接収後から関西学院へ移る過程について、戦前以来の人的つながりなどに注目して分析を行いました。菅野氏は「湾生・女性・スポーツ―1954年マニラ・アジア大会と溝口百合子を中心に―」と題し、湾生アスリートの台湾体験と戦後アジア大会への出場から、溝口が持つ戦前戦後の湾生としての体験や戦時中の行為により対日感情が激しかったフィリピンでのアジア大会での一連の展開がアジアの中の日本にとって、思い起こされるべき戦前と戦後をつなぐ視座を持っていることを述べました。石井氏は「植民地と引揚後を想起する―花蓮港中学校同窓生を事例として」と題して、日本人同窓生の「記憶」と語り、そしてそれがどのような意味を持ってきたかという問題について、ノスタルジア、引揚者としての苦労などといった物語を緩やかに共有する一方、「被支配者」への視点や彼らへの配慮も示し、それらが台湾人同窓生の経験と記憶が有する両義性、多面性への共感と尊重、理解によって生み出されていたと分析しました。
上記の各セッションにおいて、質疑・コメントの時間が設けられ、引揚を専門とする研究者や日台の台湾史の研究者による質問やコメント、報告者によって提起された概念に対する議論、湾生の方による語りの共有など、多様な背景をもつフロア参加者によるリプライによって双方向性を持つ充実したシンポジウムとなりました。本シンポジウムでのリプライも踏まえ、書籍などの成果報告に繋げられればと考えています。充実した内容のシンポジウムとなりましたことにつき、ご参加いただいた皆様や関係者の皆さまに心よりお礼申し上げます。
質疑応答の場面(第4セッション)